殺虫剤抵抗性管理

 作物生産現場で殺虫剤抵抗性対策を進める際のハードルの一つに、抵抗性管理・対策の考え方や使われる用語が難しいという点があります。ここでは、殺虫剤抵抗性に関する考え方や基本的なことがらを、できるだけ分かりやすく説明します。
〔参考〕 山本敦司(2019)植物防疫 73(12):766-773.

1.殺虫剤抵抗性とは

 殺虫剤抵抗性の定義を、IRAC(Insecticide Resistance Action Committee: Crop Life International傘下の殺虫剤抵抗性対策委員会)の定義から翻訳すると次のとおりです。「農薬使用基準に準じて使用しても、期待される防除効果を発揮できない現象が繰返し観察される、害虫個体群における感受性の遺伝的変化」。
 これではやや難解ですので、本質から外れないように次のように解説してみました。「殺虫剤抵抗性とは、害虫に対してうっかりと“適切でない方法”で薬剤を繰返し使い続けると、これまで効いていた登録濃度・薬量で防除できなくなる状態になってしまうことである。さらにやっかいなことに、殺虫剤抵抗性は“遺伝する”ので害虫の次の世代へ伝わってしまう」。このように訳してみると、殺虫剤抵抗性とはどのような現象なのかがより分かりやすくなります(山本、2019)。

2.殺虫剤抵抗性管理

 以上の殺虫剤抵抗性の定義からさらに分かることは、殺虫剤抵抗性管理の基本は「防除する害虫に対して、殺虫剤抵抗性を遺伝させないように、薬剤の適切な使い方(=抵抗性対策)を工夫する」ということです。
 ここで薬剤抵抗性に関する用語を整理します。“薬剤抵抗性管理”とは、薬剤抵抗性という難敵を抑えるための大きな「戦略(strategy)」です。そして、“薬剤抵抗性対策ツール”という様々な「武器(weapon)」を活用して、“薬剤抵抗性対策“という「戦術(tactic)」すなわち適切な薬剤の使用方法を実行して難敵を駆逐します。抵抗性対策ツールをどれだけ準備して活用できるか,薬剤ローテーション等の抵抗性対策をいかに正しく適切に実施できるかが、抵抗性管理のポイントであるのは言うまでもありません(山本、2019)。

図.薬剤抵抗性管理を構成する要素 (山本、2019)を改訂

3.殺虫剤抵抗性管理の位置付け

 殺虫剤抵抗性管理を含む薬剤抵抗性管理(PRM; Pesticide Resistance Management)を効率的に進めるためには、総合的作物管理(ICM; Integrated Crop Management)の重要な基盤技術の一つである耕種的防除の利用や、総合的病害虫雑草管理(IPM; Integrated Pest Management)の生物的防除や物理的防除資材の活用が不可欠です。すなわち、薬剤抵抗性管理PRMはICM・IPMの基盤なしには成り立たないのです(山本、2019)。現在ではIPM実践指針(農水省植防課, 2005)の考え方が生産現場でも浸透してきており、薬剤抵抗性管理はIPM・ICMの延長線上にあると考えられます。
〔参考〕 農林水産省消費安全局植物防疫課(2005):

http://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/gaicyu/g_ipm/pdf/byougai_tyu.pdf

図.農業生産に関わる管理体系と薬剤抵抗性管理の位置づけ (山本、2019)

4.殺虫剤抵抗性リスク分析

 殺虫剤抵抗性を含む薬剤抵抗性発達を“抵抗性リスク”として見える化しその解決策を進めるために、一般的なリスク分析の考え方を取り入れてみます。薬剤抵抗性リスク分析には3つのステップ,①抵抗性リスク評価(研究) →②抵抗性リスク管理(方針・施策) →③抵抗性リスクコミュニケーション(対話・伝達)、の流れがあります(山本,2019)。

図.薬剤抵抗性リスク分析の3つのステップ(山本、2019)

 薬剤抵抗性リスク分析の最初のステップは,薬剤抵抗性に関するさまざま“研究”を行う「薬剤抵抗性リスク評価」です。そして、抵抗性リスクの重大性を「薬剤抵抗性リスク評価表」で集約し点数化しして分かりやすく判断します。
 第2ステップは、リスクコントロールの施策である後手に廻らない「薬剤抵抗性(リスク)管理」です。これには、抵抗性管理ガイドライン、すなわち抵抗性リスク評価をベースとした薬剤抵抗性対策マニュアルが相当します。これは、各地域・作物で、薬剤抵抗性管理を組込んだ防除基準・暦を作成する上で参考にできます。 第3ステップは、「薬剤抵抗性リスクコミュニケーション(以下,抵抗性リスコミ)」です。抵抗性リスコミでは,研究者・指導員・行政などの技術側が生産者に対して、抵抗性リスクの重大性や被害・損失の程度を正しく伝え、抵抗性対策ツールや方法を分りやすく説明することが大切です。

5.殺虫剤抵抗性リスクコミュニケーション

 「殺虫剤抵抗性リスクコミュニケーション(以下、抵抗性リスコミ)」は,2017年から使われた比較的新しい用語と考え方です(山本、2017)。前項で説明したように、抵抗性リスコミは殺虫剤抵抗性リスク分析の第3ステップの活動です。技術情報の発信側は、それを受け取る側の生産者や営農指導員に対して、抵抗性リスクの重大性を発信するだけでなく抵抗性管理のメリットを感じるような正しい意識付けや自主性を促すことも大切です。さらに抵抗性リスコミでは、生産者からも現場の抵抗性情報を汲み上げることができれば、双方向の抵抗性リスコミが完成しより充実することにもなります(山本、2019)。
〔参考〕 山本敦司(2017)第22回農林害虫防除研究会岩手大会講演要旨:9.

図.薬剤抵抗性リスクコミュニケーション(山本、2019)

6.IPM技術/殺虫剤抵抗性対策ツールとして

 天敵利用等のIPMは重要な抵抗性対策ツールでもあり、少なくとも次の3点の効果があるでしょう。1)不必要で“過剰な”薬剤処理を削減することで、抵抗性害虫が出現する可能性を減らすことができます。2)薬剤を減らすことができれば、薬剤が効く感受性の害虫を保護することもできます。3)薬剤抵抗性害虫にも効果があるため、抵抗性害虫そのものをより低密度まで減らすこともできるでしょう。ですので、IPM技術は、殺虫剤抵抗性リスク評価表の地域・栽培リスク値を低減する原動力としても注目に値します(山本、2019)。
 例えばハダニ防除分野では、生物的防除として土着天敵昆虫やカブリダニ類とその天敵保護資材や昆虫病原性糸状菌が実用化しています。また、物理的防除として中波長紫外線(UVB)、高濃度炭酸ガスの燻蒸処理、蒸熱処理や気門封鎖剤等の開発・実用化が進展しています(柳田,2019;関根,2019)。その結果,多彩な技術の組合せによるIPM・ICMベースの殺虫剤抵抗性管理が実現しています。
〔参考〕
 関根崇行(2019)日本応用動物昆虫学会誌 63(3):79-95.
 柳田裕紹(2019)日本応用動物昆虫学会誌 63(1):1‐12.

以上
(文:山本敦司)